愛と嘘を天秤に Ⅰ

目を合わせれば喧嘩ばかりしている俳優ジンと音楽家ミンユンギがあれよこれよと困難を乗り越えていくうちに惹かれ合う。そんな中、元彼ジョングクに押され頻繁に抱かれてしまうユンギ。何も知らないジンと2人の間で揺れ動くユンギのお話。/ jnsg / jksg

パチ。そんな音が聞こえてきそうな程にバッチリと目を合わせた俺ら。別に初めてではない、寧ろよく目を合わせている。そして目を合わせては「なんか君の音楽って少しねちっこいよね、優雅な僕には向いてない。」「うるせぇな、お前に俺の音楽の何が分かんだよ。」そうして小さな小さな喧嘩を何度も繰り返すのだ。俺が彼に刃向かうと彼は決まって「言っておくけど、僕は君より年上だからね。」と言うのでボソッと「…たった3ヶ月だろうが。」と呟くと「なんて言ったの?よく聞こえなかったなぁ。」「…3ヶ月しか違わない…」「ん?」「……違わない…ですよ」などと側から見ればアホみたいな喧嘩を毎日繰り返している。


周りのスタッフも「またやってるよ…あの人たち…」なんて呆れ顔。どちらかと言えば理不尽なのはジンの方。いつもユンギを指差してはアレよコレよとイチャモンを付けて喧嘩まで持っていく。それでも周りが2人の揉め事に何も口を挟まないのはデビューして瞬く間に綺麗な顔立ちと優しい雰囲気によって爆発的人気を誇り国民の顔なんて言葉もすぐそばにあるジンに誰も刃向える者はいない。ただ1人、ユンギを除いて。


ユンギは今やこの業界では知らない人は居ないと言うほどに有名な敏腕若手音楽プロデューサー。たった数年で数々の人気曲を輩出し、今ではアーティストに曲を提供したり、音楽番組をプロデュースしたり、偶には自分で歌ってはミックステープという形で無償で配信したりと多忙な毎日を送っている。冷たい目付きと小柄な身体であまり人を寄せ付けないのが特徴であったが、ただある1人、その冷血な態度にピクリともせず口答え出来る者が居た、それがジンであった。


目を合わせれば喧嘩、気に食わなければ喧嘩、お互い現場が合えば喧嘩。負けず嫌いなユンギと王様気質なジンはどうしても交わり合う事はなかった。王様気質のジンは基本的に自分の理念とそぐわなければ難癖を付ける所があったが、特にユンギには厳しく、彼が真剣にディレクターらと話し込んでいるだけでも何故か不快感を感じる。


「ねぇ、そこの角砂糖くん。僕にコーヒー買って来てよ。」

「はぁっ?何で俺が…っ!」

「僕に口答えするの?」

「...っ」


なんて小学生の様な真似を何度も何度も繰り返している。当然小中学生の心理と同じで好きだからこそ意地悪してしまう少々大人気ない成人男性なのだが、当の本人は自分の気持ちに全く気付いていないのだから更にタチが悪い。お陰でユンギはジンに自分は嫌われていると思っているし、ユンギは実はジンが好きだったりする。喧嘩をして心無い言葉を浴びるたびに泣きそうになっていたのだ。


ユンギはこの番組に付かせてもらった際、ジンに一目惚れしたのだった。そんな自分の気持ちに正直になれなくていつもいつも喧嘩を売られては買ってしまうこれまた子供なのだ。本当は収録中ずっと彼だけ目で追ってて、カメラの横に立った日は彼がカメラに向かってした投げキッスに対し勝手に胸キュンして顔を紅くしているのもまた事実である。

ある日スタジオで数多くの大道具スタッフがとある人気アイドルが歌う為のセットを準備していたところに偶々入っていったユンギ。はたまた反対方向からも高価な革靴をコツコツと鳴らしながらスタジオに入ってきたジン。ディレクターが「早めにな!」なんて急かすから大道具さんたちは大慌てで大きな脚立の上で危なかしくペンキを塗っていた。


ユンギが歩いていると下にあったコードに足を引っ掛けたのかそのまま転んでしまった。それを目の前で見たジンは盛大に小馬鹿にして笑おうとするも1秒後には見事に全身真っ赤に。なぜならばユンギが引っ掛けたせいでコードがピンと張り脚立に引っかかり乗っている人が揺れに耐えきれずペンキを上からジンにぶちまかしたのだった。


転んでるユンギもその真近くで立っていたジンも2人とも真っ赤。スタッフは慌てて、すいませんすいません!って謝るも正直ジンの頭の中は怒り沸騰でそれどころじゃないしユンギは目の前のジンの形相が怖くて仕方がない。

応急対応って形で2人ともいっぺんにジンの楽屋に備え付けだったシャワー室ぶち込まれる。偶々今日現場の応援で居合わせた他番組スタッフは2人が今お互い惹かれあっててドギマギ中だなんて知る由もないから男同士だし良いだろうって思って2人ともの服を無理やり脱がせて裸のまま狭い個室に押し込んだ。

 

「ね、ねぇ、もうちょっとそっち行けないわけ?」

「…うるせぇなもう限界だわ」

「ああ、何で僕がこんな羽目に。全部君が居るからこんな事になるんだ。」

「な、何で全部俺のせいなんだよ!」

「だってそうじゃないか!君と居るといつもろくなことがない!」

「そ、そうかもしんねぇけど…っ」

言い返せないユンギ。


言葉で言い返せなかったユンギはたった1つしかないシャワーを掴んでジンの顔にかけた。「なっ!なにするんだ!」「だって、だって!俺だって頑張ってるもん!」自分の気持ちも知らないで毎回冷たい言葉で責め続けてくるジンにとうとう怒り爆発。ずっとシャワーをジンに向かって掛け続けた。


「や、やめろ!」やられっ放しなわけがないジンがその白くてか細いユンギの腕を掴んでシャワーを奪うと今度はユンギの顔にぶっかけた。「や、やめっ!」目が開けられないので手をパタパタさせて抵抗するユンギ。


でもそんなに広い場所じゃない為に誤ってジンの胸板に触れてしまう。それに気付いてユンギはみるみるうちに顔真っ赤にするしジンはジンで怒るかと思いきやこちらも顔真っ赤にしてる。そして有ろう事かジンはユンギの体を引き寄せて抱き締めた。ユンギの心臓はバックバクでジンさんの心臓もバックバク。結局は似た者同士。

 

 

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その日からジンとユンギは目を合わせてもお互い顔を赤くしながら目を逸らしたりおかしなくらいパチパチしたり…。それでもお互い犬猿し合っててバッチバチな関係なのだと周りの誰もが思っていた。また1人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

ー「バカらし。」

 

キラキラとした高そうな衣装を身に纏った彼は目が合っては顔を紅く染め合う2人を見て低い声でそう呟いた。彼の名はジョングク。これまた世間一般誰でも彼の名を知っている程に有名である。本業はアイドルであるが、最近ではその整った顔と高身長、そしてこの桁違いの人気を買われて俳優業やモデル業そして作詞作曲までマルチに活躍する、言わばなんでも出来るアーティストなのだ。根も葉もない噂ではない信憑性のある熱愛報道など一度も出たことのない "THEアイドルの鏡" といった彼だが、今、彼の目にははっきりと1人の人間が写っていた。


ジンと目が合った時以外は黙々と真面目に仕事をしていたユンギだったが、さてこれから収録だという時に廊下を歩いていると、横からスッと手が伸びて来て自分より大きな身体で包み込まれる。ふと香ったのは忘れたくても身体が苦しいくらい覚えている元恋人のものだった。慣れ親しんだガッチリした胸板と程よく筋肉のついた腕に包み込まれればその気でなくても身体は疼き始める。うさぎの様な可愛くて愛嬌のある綺麗な顔をした彼は笑顔のまま淡々と言葉を放つ。

 

「いつの間にそんな仲良くなったんですか?」

 

淡々とした言葉の中に棘があり俺の心にストップをかけていくようだった。「見つめ合ってヘラヘラしちゃって。」「バカじゃん?」そう続ける彼の言葉の中に優しさなど無い。後ろから俺を抱きしめながらお腹に回る手は言葉とは裏腹に優しく厭らしく身体を撫でる。

 

「見ててちょっと気分悪かったなぁ。ね?ヒョン。」

 

彼の冷たい目は俺に有無を言わせなかった。指一本一本が身体を這うたびに鳥肌が立つのは気持ち良いからではなく、そうされる事に慣れてしまったからなのだと思いたい。そう、俺はジョングクに染まり過ぎたのだ。

 


「今日8時にヒョンの家で良いですか?」

「や、やめ…」

「なに?」

「わかっ…た…。」

 

結局ずるずると別れた後も抱かれちゃうチョロい俺。こうやって大人気アイドルと誰も知らない秘密の関係を続けているスリルに興奮すら覚え始めてるのかもしれない。一方ジンはユンギはまだ未経験だと思っていた。


ジョングクが少しイライラすると敬語が無くなるのは昔からそうだった。本人はきっと無意識だと思うが、普段聞かないタメ語で押されに押されるとどうも折れてしまう脆い俺。そうやっていつも許してしまうからダメなんだってわかって居ながらもずるずると元カレとセフレ状態を続けている。

 

 

 

 

 

 

 


ジンがジョングクと初めて深く一緒に仕事をする事になったのは学園ドラマだった。撮影開始早々になぜ着替える部屋が一部屋しかないのだと大騒ぎになったが、この場にいる出演者は全員男だから何て呑気な理由により全員その部屋で着替える事になった。


特に気にする事もなく、次々に服を脱ぎ始める共演者達。人気俳優や若手俳優、アイドルやモデルまで少女漫画原作のドラマにぴったりな顔が揃っていた。中でも一際目立っていたのは今や知らない人は居ないというほど大人気アイドルのジョングク。もちろん俺は芸能事情に興味がないと豪語しているジンも彼の事は知っていた。やはり彼は期待を裏切らず、綺麗に鍛え上げられたエイトパックと愛らしい顔立ちからは想像も付かない筋肉を惜しみもなく晒しあげていた。


出演者の1人が「うわ、ジョングクお熱いな!」と大きな声で言った。何事かと思えば彼の背中には明らかなるセックス痕があった。当の本人はいつもの笑顔を振り撒き、至って気にしていなさそうだったが、気のせいだろうか、ほんの一瞬目が合った気がした。彼の大きな目がギロリと此方を睨み付けた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

ー 昨夜は散々だった。

 

正確に言えば散々だったと言うのは不適格かもしれないが、色んな意味で散々だった事に違いはない。

時計の短い針が8を指し、10分と少し過ぎた頃家のドアが突然開いた。

 

「ヒョン、ただいま」

 

俺を呼びながら抱き締めてくるのは間違いなく元恋人であり、数ヶ月前にまさにこの場で俺に別れを告げてきた相手だった。こうして別れた後も毎日の様に会い、一緒に夕飯を共にして、ベットの上で抱かれてしまうたびにまだ自分達は恋人関係にあるのではと錯覚してしまう。じゅっと音を立てて舌を吸われるとどうしても腰の奥が変な感じになって立っていられなくなる。


昨日は特別機嫌が悪かった。何故なのか。それは俺にもわからない。俺が原因なのかもしれないし、仕事で何かあったのかもしれない。兎に角すこぶる機嫌の悪い彼は帰って来て早々、玄関で俺を抱き上げてコートも脱がず乱暴に俺をベットへ落とした。


その後が散々だった。元々彼とのセックスの相性は最高に良く、どんな体位で何をどうしようとも感じてしまうのがジョングクに染められてしまった快感に従順な俺の末路だった。喉が枯れてしまう程に声をあげたし、身体は痙攣して絶頂へ持っていかれるたびにビリビリと震えていた。涙を流してもうやめてと懇願するも聞き入れて貰えず、ただ声を上げて快感に耐え続ける他なかった。激しさの中にどこか優しさと切なさを含んだジョングクとのセックスは俺をどんどん奈落の底に落としていった。恋人関係を解消した後、ジョングクが家に来た日は決まって肌を合わせていたが、ここまで激しいのは初めてで、彼の怒りと悲しみを知る由もなく、ユンギは津波の様に押し寄せる快感に耐えきれずその逞しい背中に爪を立てたのだった。