愛と嘘を天秤に Ⅱ

「俳優としても、人間としても学ぶところが多く、とても尊敬させていただいてます。」

 

 

 

爽やかなルックスにきゅるきゅるとした大きな目、さらにスパンコールが飛び散りそうなほどに輝かしい笑顔。極め付けには先輩の喜ばせ方までしっかりわかっている。こりゃ大人気にもなるわけだ。

ジンはただひとり腕を組み納得していた。若干鼻の下を伸ばしながら。" ああ、流石は俺。今をときめくキラキラアイドルにこんなにも尊敬されているなんて。これだからワールドワイドハンサムは" …相変わらず救いようのないナルシスト思考である。

 

 

 

せっかく各方面からイケメンを選りすぐり集めたのだ。親睦を深めようと食事会…改め飲み会が開かれていた。たくさんの俳優陣はもちろんのこと、脚本家やプロデューサー、さらにはスタイリスト、大道具までこの作品に関わる様々な人がお酒を片手に談笑を楽しんでいるようだった。

 

普段自分より下の立場の人間にはあまり興味を示さないジンも可愛い後輩からの称賛に分かりやすく調子に乗っていた。

 

 

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そう、きっかけは単純なものだった。

撮影初日。カットの声が鳴り響き俳優陣が次々に出ていく中、とある人物に話しかけられたのだ。

「初めまして。ジンさん。チョンジョングクと申します。」

当たり前に聞いたことある名前だった。誰もが羨む小さな顔とスラっと長く伸びる脚はシワひとつない凛とした制服をさらに華やかにしていた。

正直、流石のジンも“コヤツはとんでもないイケメンだ”と思ってしまうほどだった。

 

初めこそ定型文ありきなパッとしない挨拶だったが、「あの…間違いだったら申し訳ないのですが、このバンドお好きじゃないですか?」とiPhone画面をジンに見せてきたあの時から2人の距離は一気に縮まった。好きな食べ物、好きなブランド、好きな洋楽の好みまでピッタリ一致していた。何せ気が合うのだ。

 

教師役のジン、生徒役のジョングク。役柄は違えど、撮影終わりにしょっ中ご飯へ行くくらいにまで仲良くなり、彼にとってジョングクは唯一可愛がっている後輩と言っても過言ではなかった。このたった数日間で絶大なる信頼を彼に寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼もまた演者でもないくせにこのどんちゃん騒ぎな呑みの席に誘われていた。

 

「シュガくん、今回は急にお願いして悪かったね。君にサントラ担当してもらえるなんて期待しちゃうよ。」

確かディレクターだったか。俺よりもひと回り以上歳上だろうその男。そう、この度サウンドトラックを担当させてもらえることとなった。しかもドラマ。俺にとっても初めての試みである。ある程度内容を理解していないとメロディーなんて浮かんでこないから台本と原作の漫画を行ったり来たりしながらペラペラと紙をめくる毎日だった。

内容さえ分かっていれば良いという俺の雑な精神というかTHE仕事マンな考え方と言うかが悪運を齎したのか。出演者はおろか、主演が誰かすら見てなかった。要は目次など目もくれず飛ばしたのだ。

 

 

ただの甘い学園ドラマだ。まさかこんな甘ったるい恋愛に俺の音楽を載せるのか?なんて思ってたのも初めだけで、案外ノリノリでどんどん音をつなぎ合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を呼んだディレクターはどこだと騒がしい中キョロキョロ探していれば、見たことのある顔がチラホラ。いくらの数ほどいるイケメンの群れを目を凝らしてみれば、今、意地でも顔を合わせたくないトップ2が仲良く談笑している最中だった。

 

 

 

 

げ。

 

 

 

 

思わず脚は今来た道を帰ろうと方向転換を試みるも、「やぁシュガくん、来てくれてありがとうね。」ああ、逃げられない。

 

「あの、奥にいるあの2人って…」

「ん?ジョングクくんとジンくんのことか?仲良いよな、あんなイケメン2人で仲良しこよしされちゃったら俺たち居場所なくて困っちゃうよ。」

なんて自虐まじりに教えてくれたが、間違いない俺天敵トップ2の2人だ。この2人が出演者だったなんてさすがに盲点だった…最悪だ。

 

 

幸い自分は真っ直ぐ製作陣側に連れてってもらえたから2人と目も合わせずに済んだし、多分存在もバレてないはず。このままちょっと飲んだら用事でもなんでもこじ付けて帰ろう、そう決めた。

 

 

 

 

 

 

「ジンさんって本当に素敵!」

「ジョングクくんは彼女とかいるの?」

飛び交う女たちの戯言は俺の耳にしっかり入っていた。ジンに彼女…いるのだろうか。いやいや、何で気になってんだよ俺、どうだっていいだろあんなやつ。ああ、もう。

 

イライラすると酒に手が伸びる癖を直したい。無意識のうちに一杯二杯と浴びるようにアルコールを流し込み続けた。

 

「大丈夫?酔ってるんじゃない?お水飲もうか。」そんな優しい声で酔っ払いの女を介抱しないで。

 

「飲み会にこんな短いスカートで来ちゃダメでしょ?送り狼にされちゃうよ。」

そんな妖艶な顔して女を虜にしないで。

 

 

 

 

 

ああ、だめだ。イライラする。もっと飲まなきゃ、もっと呑まれなきゃ。記憶なくなるくらい楽にならなきゃ。周りの人たちもちょっとびっくりしてたけどね、そんなの気にしてられない。

こうして出来上がったまあまあ立派な酔っ払い。

 

 

 

 

あれ、幻覚?目の前にキムソクジンが見える。ちょっと怒ったような、大分心配したような顔して俺を見つめてる。飲み過ぎたみたい俺。幻覚まで見える。触れたくて、もっとあったかくなりたくて、必死に伸ばした手をきゅっと掴まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレを済ませて戻ろうとすると、製作陣側の数人が大丈夫かよアレと話しているのが聞こえた。誰かが飲み過ぎたんだろうくらいにしか思ってなかったが、「シュガさんってお酒強いイメージあったわ勝手に」なんて声を聞いて自然に足が止まる。

シュガ?聞き間違い?いやこの世にシュガなんて名前そうそういないよね。

急いで戻って目を凝らして奥を見た。やたら人が集まってるテーブルがあるではないか。近付くと明らかに酔っ払いのシュガが「なんで俺の音楽を信じてくれないんですか馬鹿野郎ー!!!」「いっつも意地悪ばっか言ってー!」「結果女か!女なのかー!」なんて小さな声を頑張って張り上げながら叫んでる。そして俺を見つめて、幻覚?なんて呟いてる。

何だこれは。地獄絵図?いや、可愛いすぎる?

即刻帰らせるべきだと判断した僕は、せめて監督らに挨拶だけでも済ませてユンギを先に連れて帰ろうと思っていた。うん、決して送り狼などではなくだな、ああ。

5分、いいや、10分もなかったと思う。その間にユンギは座っていたテーブルから跡形もなく消えた。座っていたスペースに穴だけがぽっかり空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ユンギヒョン。家に帰ろうね。」

耳元で優しく呟けば、馴染みのある俺の声にすぐ反応を示すヒョン。まだまだ身体が俺を忘れ切れてない証拠。これだから手放せない。脇の下に手を入れて抱くようにして立たせたらふにゃっと笑うヒョン。こりゃ相当酔ってんな。抱き起こした彼をそのままタクシーに乗せて追うように自分も乗り込んで、自分の住所だけ運転手に伝えた。